名張毒ぶどう酒事件の近況

奥西勝さん 無念の獄中死
 
名張事件の再審請求人奥西勝さんは、事件発生(1961年3月)から実に54年余もの間、自己の無実を叫び続けてきましたが、2015年10月4日、89歳の生涯を終えました。まさに半世紀を越えたえん罪との闘いでした。

妹・岡美代子さんによる死後再審請求
当時第9次の再審請求事件の審理中でしたが、奥西さんの死亡により事件を終了するとの決定が出されました。奥西さんの無実を信じてそれまで熱心に支援を続けてこられた妹の岡美代子さんは、同年11月6日、奥西勝さんの名誉回復のため死後再審の請求をしました。これが現在名古屋高等裁判所で審理中の第10次再審請求事件です。
えん罪を証明する新証拠
第10次再審請求事件で、弁護団が提出した主な新証拠は、犯行に使われた毒物が、奥西さんが自白させられた農薬とは違う農薬であったことを示す毒物鑑定と、本件ぶどう酒瓶の栓に貼られていた封かん紙の裏面に製造段階で使われた糊とは違う糊が付着していることを証明した糊鑑定です。
【毒物鑑定】三重県衛生研究所でのペークロ試験
事件で飲み残されたぶどう酒が三重県衛生研究所で分析にかけられました。分析は、このぶどう酒と、犯行毒物ではないかと想定されたニッカリンTという農薬をぶどう酒に混ぜた液体の両方をペーパークロマトグラフ試験(「ペークロ試験」と略称)にかけるという方法で行われました。この試験はろ紙上にそれぞれの液体の成分が分離して検出される性質を利用して、ろ紙上に検出された成分を比較対照することで、ぶどう酒に混ぜられた農薬が何かを調べるものです。同研究所での試験の結果、ニッカリンTを混ぜたぶどう酒からは3つの成分が検出されましたが、飲み残りのぶどう酒からは2つの成分しか検出されませんでした。
誤った技官の説明
そうであれば飲み残りのぶどう酒に入れられた毒物は、ニッカリンTとは違うという結論になるはずですが、分析にあたった技官は、ニッカリンTから検出され、飲み残りぶどう酒からは検出されなかった3つ目の成分が何かは分からないが、ぶどう酒に混ぜられて相当時間が経過した結果、加水分解して消滅したと説明しました。この結果、犯行毒物はニッカリンTであると判断されてしまいました。
【毒物鑑定】犯行毒物はニッカリンTではない
第7次再審請求の請求審で、弁護団は化学の専門家による毒物鑑定を提出しました。化学の専門家による分析の結果、ニッカリンTから検出され、飲み残りのぶどう酒から検出されなかった3つ目の成分がトリエチルピロホスフェート(「トリピロ」と略称)であること、トリピロはニッカリンTの主成分であるテップに比べて加水分解速度が著しく遅いので、ペークロ試験でテップが検出されているのにトリピロが(消滅して)検出されなかったとは考えられないこと、従って前記の技官の説明は誤っていること、三共テップなどニッカリンTとは製造方法が違う農薬にはトリピロは含まれていないこと等を明らかにしました。毒物鑑定によって、飲み残りのぶどう酒に入れられた毒物はニッカリンTではなく、三共テップなどの別の農薬であることが証明されたのです。
再審開始決定とその取消
第7次再審請求事件の請求審(小出裁判長)は、毒物鑑定などの新証拠により再審開始決定を下しました。しかし検察官がこの決定に異議を唱え、最終的に再審開始決定は取り消されてしまいました。
第10次再審請求事件の新毒物鑑定
弁護団は、第10次再審請求で、新たな毒物鑑定を新証拠として提出しました。それは、三重県衛生研究所が行ったペークロ試験の再現実験です。この再現実験により、ニッカリンTをぶどう酒に混ぜて24時間以上経過しても、トリピロが検出されることが明らかになりました。この結果、犯行毒物がニッカリンTであったのであれば、飲み残りのぶどう酒からトリピロが検出されないはずはなく、それが検出されなかったのは、犯行毒物がトリピロを含まないニッカリンTとは別の農薬であったことを、再び明らかにしたものです。
真犯人の存在を示す糊鑑定
第5次再審請求の最高裁の判断
本件ぶどう酒は、製造段階で瓶詰めされたとき、2重栓の外蓋についた耳を覆うように封かん紙が貼られていました。事件後の捜索で、事件現場である公民館の囲炉裏の間の内外で封かん紙の3つ断片(ぶどう酒瓶の瓶口に貼り付いて残った断片と、大・小2つの断片)が発見されました。第5次再審請求の最高裁は次のように判断しました。「本件ぶどう酒は耳を引っ張って開けるようになっており、耳を引っ張れば封かん紙が破れる。封かん紙の断片が囲炉裏の間の内外で発見されていることから、本件ぶどう酒は、囲炉裏の間で初めて開栓され、その際毒物が混入されたものと認められる。その機会を持ったのは奥西勝以外にはいない。」
真犯人による偽装工作
ところで、製造段階で封かん紙を貼り付けるのに使われた糊はCMCという特殊な糊でした。弁護団は、以前から本件ぶどう酒が公民館に運ばれる前に、真犯人がぶどう酒に毒を入れるために、封かん紙をそっと破って栓を開け、毒を入れた後、別の糊で貼り直して未開栓であるかのように装った。従って封かん紙の断片にはCMC糊とは違う糊が付いていると主張してきました。今回弁護団は専門家に依頼して、封かん紙の裏面の糊成分を分析してもらいました。その結果、CMC糊とは違う糊が付着していることが判明しました。この糊鑑定を裁判所へ提出しました。この糊鑑定は、奥西さんとは別に真犯人がいること、「囲炉裏の間で火鋏みで外蓋を開けたとき、封かん紙は千切れ落ちたが、そのままにした。」という奥西さんの自白が真実に反することを明らかにする決定的な新証拠です。
新証拠によって必ずえん罪を晴らす
弁護団は毒物鑑定と糊鑑定などの新証拠によって、奥西勝さんにかけられたえん罪が晴れることを確信しています。 引き続き、皆さまに名張事件にご注目いただき、ご支援をお願いする次第です。
 
 
 
2016年6月記す
弁護士 鈴木 泉

このページの先頭へ戻る